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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)274号 判決

控訴人

日種顕彰

右訴訟代理人弁護士

寺嶋芳一郎

被控訴人

株式会社長谷川工務店

右代表者代表取締役

水上芳美

右訴訟代理人弁護士

川越憲治

井上展成

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「1 原判決を取消す。2 被控訴人の昭和六〇年八月三〇日に開催された第六八期定時株主総会における第六八期(昭和五九年六月一日から昭和六〇年五月三一日まで)利益処分案を承認する旨の決議を取消す。3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

1  控訴人の主張

原判決は、商法自体が取締役であつた者を監査役に選任することを禁止していない以上、このような者を監査役に選任するかどうかは株主総会の判断に委ねるべき事項であり、株主総会がこのような者を監査役に選任した以上、右選任が違法であるとはいえないから、監査役長谷川五郎には未就任期間中監査適格がなかつたとはいえないとしているが、果してそのように割り切れるものであろうか。

監査役の取締役からの独立及び監査の客観性の確保という監査役制度の基本的要請から考えると、就任直前まで会社の業務執行に直接関与してきた者、特に重要な責任を荷いその職務執行の当否を慎重に監査されるべき取締役の地位にあつた者を監査役に選任することを認めるのは本来妥当でないのである。

現行法の上では、取締役であつた者を監査役に選任するかどうかは株主総会の判断に委ねるべき事項であるとしても、株主総会の実態、役員候補者決定の実情を考えれば、それが如何に形式論に過ぎないかは、周知のとおりであり、そのような過程を経て選任された監査役が「監査のため、取締役等に対し営業の報告を求め、又は会社の業務及び財産の状況を調査する権限を有するから、その未就任期間についても監査をすることが十分に可能である」といえるであろうか。論理的な可能性が事実的可能性と結びつきうるものであろうか。実情は否定的結論とならざるをえないのであり、このことは裁判所に顕著な事実ともいえるのではないかと思われる。

現在経済界で行われている監査制度の形骸化に対し、裁判所は、現行法の形式的解釈によりこれを擁護することなく、監査の実効性を確保するため、少なくとも取締役であつた者が監査役に就任した場合においては取締役在任期間に対する監査は不当であるとの判断を示されたい。

2  被控訴人の主張

前記控訴人の主張(一)ないし(三)は争う。

3  証拠〈省略〉

理由

一当裁判所は、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

原判決六枚目裏四行目「第二の点については」から九行目「いえない。」までを

「第二の点、すなわち、被控訴人監査役長谷川五郎は本件監査対象期間である昭和五九年六月一日から昭和六〇年五月三一日までのうち昭和五九年六月一日から同年八月二九日までの約三か月間被控訴人の取締役であつたから、右約三か月についてはいわゆる自己監査となり監査適格を欠く旨の主張について検討するに、商法二七六条は、「監査役ハ会社又ハ子会社ノ取締役又ハ支配人其ノ他ノ使用人ヲ兼ヌルコトヲ得ズ」と規定するのみで、会社の取締役又は支配人その他の使用人を監査役に選任することを禁止しておらず、また、同法二七三条が監査役の任期と監査対象期間の一致を要求していないことからすれば、同法は、いわゆる自己監査が必ずしも望ましくない点に留意しつつ、なおかつこれを許容する趣旨であると解すべきである。営業年度の途中で招集された株主総会においてそれまで取締役であつた者が退任して新に監査役に選任された場合には、その監査役は、自己が取締役であつた期間についても自己を含む取締役全員の職務の執行を監査することとなるが、取締役であつた者が立場を変えて心機一転監査役の立場で過去の取締役としての職務執行を事後監査することは可能であり、そのような要請をすることはなんら不可能を強いるものではなく(なお、実質的に見ると、監査役に就任する直前までその会社の取締役であつた者は、会社の最近の実情に通じているため、かえつて外部から監査役に選任された者よりも有効な監査ができる長所をもつことも考えられる。)、取締役であつた者を監査役に選任するかどうかは株主総会の判断に委ねるべき事項であつて、株主総会において営業年度の途中で選任直前まで取締役の地位にあつた者を監査役に選任したとしても、右選任が違法であるとはいえない。」と改める。

二よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川添萬夫 裁判官佐藤榮一 裁判官関野杜滋子)

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